mellow

少女性と現実の境界

in your heart too

 

 

真っ白な浴室で左手首につけられた傷だけが色を持っていた。

 

 

自傷は悪癖だ。もう随分と昔、物心がついた頃から私は私を傷つけ続けている、それはとても単純に、目に見える形で、わかりやすく。

ふと、生きていることに嫌悪感を抱くことがあると思う。その感覚は突然で、確実に。気がついたらすぐ傍で、しかしゆっくりと蝕んでゆくから、対処できない。歯止めが効かない。

 

必要なのは現実感。

言葉が誰にも伝わらないとき、私はひどく孤独になる。腕の中で抱いた不安が零れ落ちぬ為には、それはあまりに小さい手で悔しかった。

淡々と日々を過ごすことができれば、あとは床に伏せて死ぬだけだ。愛とか夢とか希望とか、そういうものは薄っぺらい言葉で、見せかけの幸福だから必要がない。気持ち悪い。

私は騙されない。目に映らないものは幻想なのだから。陽だまりのような瘴気に当てられてしまえばそれは不治の病で、一生帰ってこられない。ぬるま湯に浸かったまま私は、永遠にやってこない幸福を遥か遠くに見続けなければならなくなる。それはとても怖いことだ。

とても怖いことだ。

 

私は私を閉じ込める。この城には何人たりとも侵入させてはならないと小さい頃に誓い合っていた。かわいい顔で笑える私と、自分を傷つけ続ける私とで。お互いのことが大好きだったから何処かへ行ってしまえば良いだなんて考えたこともなかったのに。

ある日片方が暴走し始めた。自分ばかりが痛い思いをするのは嫌だと泣き喚き始める、泣き止ませようにも相手は刃物を持っていて手がつけられない。城が壊れてゆく音、それは肉を切る音に似ていた。怖い。

 それでも守りたかった、真剣に。Major Tranquilizer 私は何錠ものお薬を一気に飲み干してから棚の奥にある酒を適当に流し込む。眠りたい、そうすればまたリセットされる。

 

目が醒めるとまた真っ白な部屋にいた。なんて無機質だろう。腕から点滴の管が伸びている。手首の傷はもう色を持っていなくて、ここは何のしがらみもない世界だ。安心して目を閉じようとした時どくんと心臓が鳴る。私の身体の中身は赤色だ、白じゃない。階段を上る音がする、土足で城に入ってこようとするのは誰。

 

 

外の世界で一等気に入っている人がいた。その人といるとき私はまるで生まれたての赤ちゃんのように安心して笑えたし、城の中の私は綺麗に同化していた。その代償として夜になると私は余計に自分を傷つけることになる。その人にとっての私は、大切なものが幾つかある中でのひとつにすぎなかったから。

私は騙されない。愛とか夢とか希望とか、そういうものは薄っぺらい言葉で、見せかけの幸福だから必要ない。何かを失いたくないと願う時、それはお別れの鐘が鳴る時だ。

 

階段を上るそれは紛れもなくその人の足音だった。貴方はあまりに失礼だ、私はこの点滴針を抜いて全身を滅多刺しにしてやりたいとも思ったし、床に散らばった睡眠薬を全部飲ませて永遠に醒めぬ眠りへと誘ってやりたいとも思った。飲み干した酒瓶で頭を殴って、首を絞めて、もう二度とその綺麗な顔に笑みを湛えられないようにしてやりたいと。この無機質な部屋で一緒に死ねるのならそれはシナリオ通りの綺麗な結末に思えた。

扉が開くと同時に私は生まれたての赤ちゃんに戻ってしまう。さっきまでの激情は何処かへ行ってしまい私はにこにこ微笑む。勿論、いつもどおりの可愛い顔で。頭を撫でられ、おいでと手を広げられると私は幸福で蕩けそうになり、そうして無性に悲しくなる。悲しくなって、自分はなんて阿呆なのだろうと辟易する。昔となんら変わらない。ひとつも成長していない。

また来るからね、いつかきっと迎えに行くから、そうしたら一緒に此処を出よう。

外の世界にはなにがあるのだっけ。いつか行った薔薇園では花びらが揺れている、吸い込まれそうな空に星は流れてくる、大好きなメゾンのケーキはあれから幾つ新作が出たのか、数えてみても思い出せない。

 

初めから分かっていた。私は騙されない。愛とか夢とか希望とか、そういうものは薄っぺらい言葉で、見せかけの幸福だから必要ない。何かを失いたくないと願う時、それはお別れの鐘が鳴る時だ。それでも私は、対になる私以外の誰かを信じてみたかったから、目を瞑った。そうしてそのまま沢山の場所を旅して、今また此処に帰ってきた。身動きが出来ないこの場所に。ここは暗くて冷たくて時々息が詰まる。幸も不幸もない私だけの城。誰にも邪魔されない場所。だった筈なのに。居場所がばれてしまったから苦しくて、苦しくて。目眩がする。なんとか出たいと思っても外から鍵が掛かっているから私にはどうすることも出来ない。鍵を持っているのはひとりだけ。初めから分かっていた。ここは真っ暗で何も無い。薬は全部飲み干した。部屋中が寂しさで充満していてもう酸素も残り少ない。あとは此処で死を待つだけだ。初めから分かっていた。分かっていた筈なのにどうすることも出来ないまま信じていたのは私が貴方を愛していたからだ。どうすることも出来ないまま貴方の帰りを待つのは私が貴方を愛しているからだ。

 

I hope that I have a place in your heart too.

昔何処かで聴いた曲が流れている。

隣を歩いて行けなくてもいつか貴方の心の中に私の居場所があれば良いなと思う。

 

 

 

 

何事も最初が肝心だ

 

産声

桃みたいな頬、天使の微笑み

護られるためだけの存在

 

羨ましい

 

 

そんなに上手くできないよ、器用じゃないから

わたしって可愛げないかなあ?

 

 

初めての街、初めての時、初めて唇が触れるティーカップ、冷たい指先に染みる体温が

 

最初に手をつないだ日、嫌いな街

ビルの谷間で寒いね、なんだか少し照れちゃう

 

甘やかされたい、溶けてなくなるまで

 

こうやって触れるの、ひとつふたつ

少しずつ透明になって綺麗

 

毛布の中でほら、いまなら可愛げあるよね?

 

 

間違えた

 

 

恋する気持ち、これ幾つめだったっけ

ひとつめ

いいな、だって初恋は実らない

過去はみんないなくなっちゃった、多分ずっと昔に死んだの。海に沈めた、遠くの海に。

 

移る口紅の色、新作

 

失敗した、出会いたくなかった

 

嫌い

 

ちゃんと抱いて、上手に騙して

愛おしい眼差し本当は馬鹿にしているのでしょ

 

嫌い嫌い嫌い

 

落として割れた花瓶は元に戻らない

 

でも許しちゃうなあ

え、わたしのこと好き?ほんとかなあ

 

優しいでしょ、いつも

優しさってね付け込まれるの

 

ついた傷はもうすぐ治るから平気だよ。

 

 

君だれだっけ

ねぇわたしのこと愛してる?

 

守りたいものはわたしじゃないの

大切なもの、わたしじゃない

わたしなんかじゃ、わたしなんか

 

知ってるから安心して

最初からちがった、ここはわたしだけの世界

 

時計は巻き戻らないけどそれってわたしが壊れているから?

 

 

どこにもいなくならないよ

 

そんな嘘いや

あなたのことが嫌い

だいきらい

絶対許さない

 

あなたのことが好き

 

 

 

でもそれももうぜんぶ嘘

 

 

何事も最初が肝心だって言ったでしょ

失われたものはもう取り戻せない。

 

 

グリセリン

 


永遠なんて初めから予感させずそこに在るもの。


花は枯れるから良い。


「来年は綺麗に咲けなかったらどうしよう。」

花弁が落ちてしまったらもう価値がなくて、私はそれをゴミ箱に捨てる。


大切にされたいわけではない。外に咲いているものより店頭に置いてある切り花、捨てられたって別に良いから。自分の部屋に飾るものより誰かが誰かに贈るもの、君が愛しているのは私じゃなくて 私を通して見つめるあの人のことだから。でも綺麗だった姿を忘れるなんてきっと出来ないよね。私にはこれくらいが丁度良い。



終わりの姿が容易に想像できるもの。


永遠が欲しい。


「何も出来ないんだ、私。」

うん、本当にそのとおりね。


今度は別の子を買うよ。なんて、私がしていることはあの人たちと同じことなのかもしれない。でも、自分の色を失ってまで、箱に詰められてほかの色に染められてまで、ね、そんなの嫌だって思うでしょ。いっそ捨てられた方が良いよねって、それは君も同じなのでしょ。

 

 

2016.××.××.

mellow

 


ケーキにフォークを刺す。向かい合った彼女は最初に苺を食べていた。おいしいね、クリームをなめながら鈴のような声で笑う。
喫茶店の隅のテーブル席、あまり有名ではないピアノ曲を聴き流しながら、昔の話をしていた。私たちがまだ不幸だった頃の話。綺麗な涙を流しながら、必死に手を伸ばしていた頃の話。



あまり大きな声は出せない、自分の怒鳴り声に驚いて泣いたの。クローゼットの中、どれも私を可愛くしてくれなくて つらくて、つらくて。

手首を切ったのならそれを水につけてみるといいよって言われた。ひどいでしょ。可哀想。声は覚えていない、口調も、誰に言われたのかも。

隣のクラスの男の子に告白された。喋ったこと?ないと思う。いつも賑やかで、平凡で、つまらない感じの子。私のこと幸せにできると思ったのかなあ。

ピアノの先生に酷く怒られた、シフォンブラウスにハーフアップとかそんな人じゃないの。ペダルを踏みながら、丸めた指を滑らかに動かせなくて。

いつも美味しいものを食べさせてくれるの、レストランで、ナイフとフォークを持ちながら。君はそのままでいいんだよ、って。バカみたい。

知らない人に手を握られた。見たこともない街、誰も私のことを知らない街。でも、たしかに好きだと言ってくれたの。

あの夏は人がたくさん死んだね。私たちのインターネット、掲示板に書かれた個人情報とありもしない憶測。ねえ、あの鍵つきアカウントって誰のだっけ?

うるさい


女の子は髪にリボンをつけていないとだめなのだと思っていた。あまい香りを纏って、くるんと上がった睫毛を伏せて微笑むものだと。‪
レースのワンピース、スカート、裾の綻びは誰かが直しておいてくれるものだと思っていた。指に針を刺さなくなったのはいつから。
部屋のカーテンは毎朝タッセルで留められているものだと思っていた。太陽の光が怖くなったのはいつから。
カップの紅茶は誰かが甘くしてくれるものだと思っていた。想像していたものよりも甘い。ROYAL ALBERT。忘れていた、シロップもミルクも自分で淹れるようになったのはいつから。
お人形のように佇むのが愛されるための近道だと思っていた。白い肌、綺麗に化粧をして。彼の前で上手に話せるようになったのはいつから。
手に入れば幸せになれると思っていた。完璧を求められないこと、存在を望まれること。私の幸せを喜ぶ人。誰からも愛されないことなんてないのだと気がつけるようになったのはいつから。それもすべて無意味だと自分を慰められるようになったのはいつから。いつから。



ふと顔を上げる。ケーキのお皿は下げられていた。苺がまだ残っていたのに。多分、神経質にフォークを揃えておいたからだと思う。
喫茶店の隅のテーブル席、彼女の姿はもうなかった。あまり有名ではないピアノ曲のタイトルを私は知っていたから、上手く身を委ねられない。こんなもの頼んだっけ?テーブルに残された珈琲が苦い。幸せでいようね、私たち。彼女の声。振り向いてみてもそこにはもう誰も居なくて

 

 

 

Archive 2017-05-24

 


でもだって別に本当に好きだけれど大好きだけれど見つめてほしいとか手を握ってほしいとかそういうのは傲慢だと思うよね、でも好きだから一緒にいたい隣にいたいずっとずっと見つめていたいよ綺麗な横顔も甘いものを頬張る顔も幸せで綻ぶ顔も笑顔も 不機嫌な顔(どうして不機嫌なの?と聞くともっと不機嫌になってしまいそうだから私は何も言えないの)も誰にも見せない泣き顔もぜんぶ見たいの写真に収めたい君の死に顔が見たいもっと近くでその目を見つめたいだってどんな色をしていたか忘れちゃったもの、君の瞳の爪の髪の唇の一番白い肌のカラーコードは何?調べたい記録したい、そうして一番似合う色を教えてあげるから興味が無くても聞くだけ聞いて、その色と一番似合うサイズでお洋服を誂えてプレゼントしたら着てくれるのかな?君の考えていることが全部分かったらいいのに、好きなもの見えているもの好きじゃなくなってしまったものもう見えないもの全部知りたい君はいま何を想っているのこの本を見ると誰を思い出すの部屋の花瓶に生けてある花に誰を重ねるのあの街につまった思い出は誰とのものなの全部塗り替えたい過去のことなんて忘れてしまえば良いのに、君と私だけの世界にならないかな、君と私だけ、ううんそれすら無ければよかったのかなあ、君が存在する限り君は傷つき続ける傷をつけられ続けるそれは私も同じで私も君を傷つけてしまう君も私を傷つけるそれはそういうものだからみんなそうだから、たくさん傷ついて良いよ全部私が守るからって言いたいよでも私以外に傷つけられてほしくない、ねえ やっぱり少し悲しいね。本当は全部無かったことにしたい全部全部やめちゃいたい一緒にやめちゃおうよこんな世界もうやめちゃおうよ君に殺されたい嘘やっぱり私が君を殺したいこれも嘘だってどちらか一人が生き残るなんてつらいよね私は君のいない世界で呼吸できないものでも死ねない君以外の人に殺されたくないから死ねないの、だからずっと苦しくて胸が痛くてそれでも其処に在るなんて耐えられないよ、君もそうだといいなあ、私のいない世界で生きていく君を見るなんて、当然死んでからもずっと君を見続けるけれどそんなの許せない考えるだけでつらいよいやだよだから生きるのも死ぬのも一緒なの。君が吐く息を私が吸って私が吐く息を君に吹き込めれば良いのに、君だけ 君だけで生きていきたい、君の体の細胞を私にも分けてほしい私が君で君が私になれば良いのになあ同じ概念になりたいよ、境目をなくしたいの、ぐちゃぐちゃになりたい何も分からなくしてよお願い。もう疲れたよ何も見たくない聞きたくない知りたくない考えたくない君以外のこと全部忘れたい忘れたい忘れたい忘れたいの過去も未来も全部君だけだよそれ以外ないよそれ以外要らないよ、知っているけれど君はそうじゃないこと私だけじゃないことみんなに愛されていることあの子にもあの人にも私の知らない誰かからも愛されていること、私だけひとり、ひとりぼっちだけれど君にすら見つめてもらえないけれど愛されていないけれどでも私には君だけだよずっとずっと君だけだよ君だけが私の人生だよそれ以外ないの、ないの、全部ないのもう死んじゃいたい私のこと少しでも好きでいてくれればいいのに愛してくれればいいのに君の愛はいつも歪んでいるの、そうならばそれすら全部受け止めるのに受け止めたいのにその愛に傷つけられたいのに君に傷つけてもらいたいのに君以外に傷つけられたくないのに血が止まらないと思った傷もいつかは治るの、愛の証も無くなっちゃうの?一生消えない傷が欲しいよ私には必要なんだよ、死んじゃうくらい深く傷つけて見えないところに傷つけて大切にするから私だけのもの私と君だけしか知らない秘密だねずっと大切にするから だからお願い。お願いお願いばかりだね、私は君のことが好きなの、君が望むことはなんでも叶えたいの、君からのお願いが聞きたいのそれすら聞けないの君はやっぱり私のことに興味が無いのね君のために私ができることなんて一つもないのね私じゃ役不足、代わりはいくらでもいるの私には君しかいないの君にはたくさんいるのに私が死んだらどんな花を供えてくれるの私のことなんてすぐに忘れるでしょうそれでも良いの良くないのずっと忘れないでほしいよ、どこにもいかないで、いい子にしている、おとなしく君の帰りを待つの、私もう泣かないから、激しく叱りつけて理不尽に怒鳴って世界で一番愛して嫌って突き放して私が分からない言葉を浴びせつづけてほしいの、いっそ君に壊されたいなあ全部終わらせてほしい捨ててくれたら良いのになんて嘘だよさよならなんて言わないから置いていかないでずっと一緒だよ最期までみっともなく縋らせていつか私だけだよって思われたいよ抱きしめられたい優しい声で名前を呼んで好きって言って甘ったるいキスして頭を撫でて。あのね本当は、本当はね君の一番大切なものになりたいそれだけなの、それだけ、それだけが良いのこれって世界で一番の我儘だね君以外全部手に入るのに要らないのどうでもいいの楽しくないの君に愛されない自分が大嫌いすぐ我儘言う私もすぐ君を困らせてしまう私も大嫌い大嫌いだよ死んじゃいたい、君を想ってごめんなさい、君の生きる世界を生きてごめんなさい、回りくどくてごめんなさい

大好きです、これからも。

 

 

Archive 2017-03-07

恋文

 


沢山の我儘を言ってしまいましたね、御免なさい。

あの頃は、私だけがあなたを救えると、正しい方向へ導いてゆけると、そう思っていました。あなただけが世界の全てだったのです。なに一つ信じられないと固く閉ざしてきた瞳がようやく光を捉えたと思えば、どうしてでしょう。どうして私はこうも、物事の本質を見つめることが出来ないのでしょうね、本当に馬鹿で、泣きたくなってしまう。こんなこと、今更話したところで貴方の心には1ミリ足りとも響かないこと、なんのことかと笑って誤魔化すこと、知っています。あ、ほら。また私は、あなたのことを、なんでも知ったような顔をして話をしてしまう。本当はなにも知らないのに。だってあなたが私に教えてくれたことは指で数えられるほど。誰にも知ってもらえなくたって、何も知らなくたって、心の中で一つ一つ、目の前のあなたの声や仕草をなぞることができたのならば、それだけで幸せだと思えていたのはもうずっと昔のことだけれど、欲張りになってしまった醜い私を許して。最後くらいは独り占めしたいから、ここに記すのはやめておきます。


ねえ、愛していたのは誰なのでしょうね。私は自分のことを大切に出来ていた?あなたはあなたの矜持を守れていたのかしら?今となってはもう分からないけれど、ただ一つ、今のあなたがもう私を必要としていないこと、それだけははっきり分かります。でもね、あなたの人生に、私を完全に忘れ去ってしまう日は来ないと、そう思っているのですよ。これは全くもって、只の勘なのですけれど。私の容姿、私との思い出、私に抱いた感情なんかは、きっとすぐに忘れてしまうことでしょう。私が好きだと言ったケーキの種類やお気に入りのワンピースのブランド(そう、あの花柄のやつ)、眠る前に聴いていた曲のことは、もう忘れてしまっているかもしれませんね。それでも、きっと、私という存在のことを、あなたは忘れることが出来ない。人の記憶から完全に消えてしまうということは、案外難しいものなのですから。

 

もうすっかり夜になってしまいました。あなたが居ない時も、私が居ない時も、春には小さく可憐な白い花が、あの庭いっぱいに咲くことでしょう。夏は茉莉花のかおる風、秋は星月夜、そうして冬はひとり温かいお茶を淹れて、眠りにつくと、また、春が来る。幸せでいようと、不幸せでいようと、季節は巡って来るのですものね。人生なんて、結局はそれくらいのこと。私たち、いや、私とあなたが出会った日から、お互い少しは成長できたかしら。


ねえ、あなたは今、幸せですか?


私は今、とても幸せです。さようなら。

 

 

 

Archive 2017-01-07

微熱

 

 

身体が火照っていた。

 

「ねえ、泣くのを我慢すると内側が熱くなるの。分かる?その感じ。私ね、今それになってるの。どうしてでしょうか?」

 

これに対する回答

一つ目、寂しい思いをさせていた?ごめんね。と抱きしめる。

二つ目、分からないよ。と正直に答えて理由を聞き出す。

三つ目、我慢をする必要なんてないよ。と言って様子を見る。

 

他にも色々思いついた、けど、彼女にとってはどれも不正解。

 

 

身体が火照っていた。

 

冬は特にそう。体温計、37.4℃ これくらいが丁度良い。

 

本当に愛し合っている人同士が抱きついている姿は、キスは、囁く声は、どれも面白味がなくて眩暈がした。もっと綺麗だと良いのに、そしたら私も楽しく出来るよ。

 

 

身体が火照っていた。理由は覚えていない。多分泣くのを我慢していたのだと思う。どうして泣きたかったのかも覚えていない。正確には覚えているけれど、人に話すようなことでもないから、それはもう忘れてしまったということと一緒なの、お分かり?

 

綺麗なままで居たかった。星はいつも綺麗で見ていて飽きない。手は届かなくてもそれが当たり前だから今更悲しいなんて思えないよね。

 

 

最初の質問の答え、本当はどれだって良くて、だって何を言われたって返す言葉は同じだったから。

答えのない質問ってそういうことでしょ。

それが分からないならもうしょうがないね。

 

 

 

Archive 2016-11-08