mellow

 


ケーキにフォークを刺す。向かい合った彼女は最初に苺を食べていた。おいしいね、クリームをなめながら鈴のような声で笑う。
喫茶店の隅のテーブル席、あまり有名ではないピアノ曲を聴き流しながら、昔の話をしていた。私たちがまだ不幸だった頃の話。綺麗な涙を流しながら、必死に手を伸ばしていた頃の話。



あまり大きな声は出せない、自分の怒鳴り声に驚いて泣いたの。クローゼットの中、どれも私を可愛くしてくれなくて つらくて、つらくて。

手首を切ったのならそれを水につけてみるといいよって言われた。ひどいでしょ。可哀想。声は覚えていない、口調も、誰に言われたのかも。

隣のクラスの男の子に告白された。喋ったこと?ないと思う。いつも賑やかで、平凡で、つまらない感じの子。私のこと幸せにできると思ったのかなあ。

ピアノの先生に酷く怒られた、シフォンブラウスにハーフアップとかそんな人じゃないの。ペダルを踏みながら、丸めた指を滑らかに動かせなくて。

いつも美味しいものを食べさせてくれるの、レストランで、ナイフとフォークを持ちながら。君はそのままでいいんだよ、って。バカみたい。

知らない人に手を握られた。見たこともない街、誰も私のことを知らない街。でも、たしかに好きだと言ってくれたの。

あの夏は人がたくさん死んだね。私たちのインターネット、掲示板に書かれた個人情報とありもしない憶測。ねえ、あの鍵つきアカウントって誰のだっけ?

うるさい


女の子は髪にリボンをつけていないとだめなのだと思っていた。あまい香りを纏って、くるんと上がった睫毛を伏せて微笑むものだと。‪
レースのワンピース、スカート、裾の綻びは誰かが直しておいてくれるものだと思っていた。指に針を刺さなくなったのはいつから。
部屋のカーテンは毎朝タッセルで留められているものだと思っていた。太陽の光が怖くなったのはいつから。
カップの紅茶は誰かが甘くしてくれるものだと思っていた。想像していたものよりも甘い。ROYAL ALBERT。忘れていた、シロップもミルクも自分で淹れるようになったのはいつから。
お人形のように佇むのが愛されるための近道だと思っていた。白い肌、綺麗に化粧をして。彼の前で上手に話せるようになったのはいつから。
手に入れば幸せになれると思っていた。完璧を求められないこと、存在を望まれること。私の幸せを喜ぶ人。誰からも愛されないことなんてないのだと気がつけるようになったのはいつから。それもすべて無意味だと自分を慰められるようになったのはいつから。いつから。



ふと顔を上げる。ケーキのお皿は下げられていた。苺がまだ残っていたのに。多分、神経質にフォークを揃えておいたからだと思う。
喫茶店の隅のテーブル席、彼女の姿はもうなかった。あまり有名ではないピアノ曲のタイトルを私は知っていたから、上手く身を委ねられない。こんなもの頼んだっけ?テーブルに残された珈琲が苦い。幸せでいようね、私たち。彼女の声。振り向いてみてもそこにはもう誰も居なくて

 

 

 

Archive 2017-05-24

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